研究成果

研究成果



「カイコ創薬」研究の現況報告
2018年3月4日
株式会社ゲノム創薬研究所顧問 関水和久
要旨
 カイコにおける外来薬物の体内動態は、哺乳動物と共通したメカニズムにより支配されています。すなわちカイコにもADMEが存在します。化合物の薬効や毒性の指標であるED50やLD50はカイコとマウスでの値とよく一致します。したがってカイコを用いて、体内動態や毒性を加味した医薬品の探索が可能です。実際に私たちは、カイコの黄色ブドウ球菌感染モデルを用いて「ライソシンE」という治療効果のある新規抗生物質を発見することに成功しています。現在私たちは、土壌細菌が分泌する別の抗生物質の発見を目指しています。またカイコの感染モデルを用いて、菌の増殖を直接止めるのではなく、宿主の自然免疫の活性化により治療を果たすという、新しいコンセプトの感染症治療薬の開発にも取り組んでいます。
 さらに私たちはカイコにグルコースを与えると血糖値が上昇することを見出し、それを利用して糖尿用治療薬の候補化合物を探索しています。また私たちは、カイコは自然免疫活性化物質の体液注射により筋肉収縮を引き起こすことを見出しています。この現象を利用して、食品中の自然免疫活性化物質を探索することができます。すでに私たちは自然免疫促進活性が高い、乳酸菌Lactococcus lactics 11/19-B1を見出しています。  以上の結果は、カイコが医薬品や食品の効果効能を評価するための新しい実験動物として有用であることを示唆しています。
 
はじめに
 私たちは、カイコを実験モデル動物として捉え、それを用いた新しい医薬品の探索並びに食品の研究を実施してきました。カイコは養蚕業の歴史の中で飼育法が確立された昆虫であり、我が国はカイコの研究において世界をリードする地位にあります。したがって、私たちは国際的に見てカイコを実験動物として用いる研究を推進する上で非常に有利な環境にいます。しかしながらこれまで我が国において、カイコが医薬品食品の評価動物として使われたことはありませんでしたが、私たちの研究は、それが可能であることを示唆しています。マウスなどの哺乳動物に比べたカイコの実験動物としての利点は、飼育にかかるコストが安いこと、並びに、動物愛護の観点からの倫理的問題を回避できる点です。以下に、現在の私たちの研究の進捗状況を紹介します。
研究の具体的内容
(1) 化学物質のカイコ体内における体内動態
 すでに哺乳動物における研究により、医薬品や食品に含まれる化合物の効果の有無は、作用点における効果ばかりでなく、体内動態により決まることがわかっています。前者は試験管内で評価することが可能ですが、後者については実験動物を使う必要があります。私たちは、昆虫であるカイコにも、哺乳動物で見られる外来からの化合物のADME(吸収Absorption、分布Distribution、代謝Metabolism、排泄Exclusion、の過程が存在することを明らかにしています(1)。この点をさらに明らかにしてゆくことは、カイコを実験動物として用いる評価系の正当性を証明する上で必要不可欠です。
1-1 化合物の体内動態
 哺乳動物の外来化合物の無毒化においては、肝臓の代謝酵素P450による第1相の代謝過程が重要です。さらに抱合酵素による第2相の反応により、水溶性が高い性質として腎臓から排出されます。私たちは、カイコにおいても哺乳動物と共通した第1相並びに第2相の薬物代謝過程があることを、エトキシクマリンを用いて明らかにしました(1)。
1-2 毒性評価(2,3)
 医薬品食品の毒性評価は、開発を成功させる上できわめて重要です。私たちは、カイコを毒性評価のモデル動物として確立することを目指しています。OECDのガイドラインで示されている様々な化合物についての経口毒性(LD50)は、カイコと哺乳動物でよく一致することが認められます。したがって、カイコを用いたスクリーニングにおいては、薬効のみならず候補化合物の毒性を同時に評価することができます。
(2) カイコ感染モデル
 以前は、カイコのような昆虫がヒトの病原性細菌や真菌で感染死することは知られていませんでした。私たちは、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、C. albicansのような、ヒトの病原菌のほとんどがカイコを殺傷することを見出しています。さらに、この系で特徴的なことは、抗生物質が治療効果を示すこと、さらにはその治療効果に必要な量(ED50)がカイコと哺乳動物の間で一致していることを見出しています(4,5)。
2-1 新規病原性真菌の探索
 土壌や植物、動物、さらには人体から真菌を採取し、カイコに対する病原性を確かめることができます。カイコを殺傷する真菌の中に、リボソーム遺伝子の配列から、相同性が95%以下の新種であると考えられるものが見出されています。カイコを殺傷する細菌、真菌はヒトを含む哺乳動物に対しても病原性を示すと考えらえます。したがって、このプロジェクトは、新規病原性真菌の発見をもたらすと期待されます。
2-2 細菌・真菌の病原性の評価
 すでに私たちは、ヒトに病原性を示す様々なグラム陰性細菌がカイコを殺傷する条件を見出しています(6,7,8,9)。今後は、臨床分離株について、病原性の強弱があるかについて検討する予定です。
 Candida aurisは、帝京大学医真菌研究センターの山口らのグループが新種として報告した病原性真菌です。韓国、インド、ヨーロッパで多剤耐性菌によるアウトブレークが起こり、問題となっています。私たちはCandida aurisがカイコを殺傷することを見出しています。今後はカイコを用いて、臨床分離株間の病原性の違いを検討し、抗真菌薬の治療効果の評価系を構築する予定です。
2-3 感染症治療薬の探索
 抗菌治療薬のED50(50%の動物に治療効果をもたらす量)がカイコと哺乳動物で一致しているということは、従来製薬メーカーで行われてきたマウスを使った評価方法ではなく、カイコを使って治療効果を予測可能であることを意味しています。実際に私たちは、カイコの黄色ブドウ球菌感染モデルを用いて、治療活性を有する抗生物質「ライソシンE」を発見することに成功しています(10)。現在私たちは、「ライソシンE」に続く新たな抗生物質の発見を目指しています。
 新規抗生物質を探索するためには、候補となる物質を含む材料の調製が鍵となります。土壌に生息する菌類は従来から抗生物質の宝庫とされてきました。最近私たちは、土壌寒天培地(土壌エキスを含む寒天培地)上でコロニーとして増殖した細菌・真菌を集め、非常に高い確率(〜10%)で活性が非常に高い(MIC <1/10)抗黄色ブドウ球菌抗生物質を得ることができる方法の確立に成功しています。これまでの経験から私たちは、土壌細菌由来の抗菌活性を有する抗生物質のうち、カイコ感染モデルで治療効果を示すものの割合はおよそ1%であると考えています。したがってこれらの結果を合わせると、土壌細菌ライブラリーから1000個のコロニーを得れば、1個の割合で哺乳動物に対して治療効果を示す抗生物質が得られることになります。さらに、MRSAのような多剤耐性菌に対する有効性を確認すれば、その抗生物質はこれまでに治療に使われたことのない、新規の抗生物質である確率が非常に高いことになります。現在私たちはこの戦略に基づいてライソシンEに続く新規抗生物質の探索を目指しています。
 ライソシンEは、私たちがカイコの感染モデルを用いて発見した、ライソバクター属の細菌が生産する抗生物質です。私たちはその作用機序に関する研究を進めています。この抗生物質は、細菌の膜状に存在する電子伝達系にあずかるメナキノンと呼ばれる物質に特異的に結合し、細菌の膜破壊を導くことが分かっています。
(3) カイコの自然免疫活性化物質評価系
 カイコのような昆虫には抗体がなく、獲得免疫はありません。自然免疫によって、微生物、ウイルスからの攻撃に対して防御します。昆虫の自然免疫はヒトと共通した機構によっていることが最近の研究で明らかにされています。私たちは、筋肉収縮試験(11)と、緑膿菌抵抗性試験の二つの方法により、化合物の自然免疫促進作用を研究しています。
3-1 筋肉収縮試験
 私たちは、細菌や真菌の細胞壁成分であるペプチドグリカンやβグルカンにより、カイコ体液中でサイトカインが活性化され、その結果筋肉収縮が引き起こされることを見出しました。これを利用して、食品中の自然免疫活性化成分を同定することが可能です(12)。すでに私たちは、乳酸菌にこの自然免疫促進活性が強いことを見出しています。さらに、私たちは、乳酸菌Lactococcus lactisの亜種である11/19-B1株に高い活性があることを見出し、この菌を使ったヨーグルトの製造を株式会社東北協同乳業と共同して行っています(13)。その他にも、幾つかの乳酸菌に高い自然免疫促進活性があることが見出されています(14,15)。これらの乳酸菌を使った発酵食品は、ヒトの健康に資すると私たちは期待しています。
3-2 遺伝子改変カイコの利用
 自然免疫に必要なタンパク質の遺伝子が欠失したカイコを作出し、自然免疫賦活作用を有する物質の作用メカニズムを検討する実験を計画しています。それにより、私たちが見出している自然免疫活性化物質の評価ができると期待されます。
(4)カイコ高血糖モデル
 カイコの餌にショ糖やブドウ糖を添加すると、カイコの血糖値が上昇します(16)。糖尿病治療薬として用いられているインスリンは、カイコの血糖値を下げる働きをします。この結果は、カイコとヒトの血糖値調節機構に共通した部分があることを意味しています。私たちはカイコの系を利用して、新しい糖尿病治療薬の探索に着手しています。
4-1 乳酸菌の探索
 私たちは、カイコの高血糖血を下げる効果のある乳酸菌があることをすでに報告しています。現在私たちは、腸管のαグルコシダーゼ活性を阻害することによりショ糖摂取後の血糖値上昇を抑える乳酸菌を探索しています。
4-2 化合物ライブラリーの探索
 カイコにブドウ糖を長時間(1日)接触させると、インスリンが作用しない、2型糖尿病状態を作出することができます(17,18)。私たちは、化合物ライブラリーを探索することにより、血糖効果作用について報告のない化合物を見出すことに成功しています。カイコを使った探索を、マウスなどの哺乳動物を使う前段階として利用することにより、犠牲にする動物の数を著しく減少させ、コスト並びに動物愛護の観点からの倫理的問題に対処することができると私たちは考えています。

 文 献 
  1. Silkworm as a model animal to evaluate drug candidate toxicity and metabolism, Hamamoto H, Tonoike A, Narushima K, Horie R, Sekimizu K: Comp Biochem Physiol C Toxicol Pharmacol, 149, 334-339, 2009
  2. Fluorescence imaging for a noninvasive in vivo toxicity-test using a transgenic silkworm expressing green fluorescent protein, Inagaki Y, Matsumoto Y, Ishii M, Uchino K, Sezutsu H, Sekimizu K: Sci Rep, 5, 11180, 2015
  3. Acute oral toxicity test of chemical compounds in silkworms, Usui K, Nishida S, Sugita T, Ueki T, Matsumoto Y, Okumura H, Sekimizu K: Drug Discov Ther, 10, 57-61, 2016
  4. Silkworm larvae as an animal model of bacterial infection pathogenic to humans, Kaito C, Akimitsu N, Watanabe H, Sekimizu K: Microb Pathog, 32, 183-190, 2002
  5. Quantitative evaluation of the therapeutic effects of antibiotics using silkworms infected with human pathogenic microorganisms, Hamamoto H, Kurokawa K, Kaito C, Kamura K, Manitra Razanajatovo I, Kusuhara H, Santa T, Sekimizu K: Antimicrob Agents Chemother, 48, 774-779, 2004
  6. Primed immune responses to gram-negative peptidoglycans confer infection resistance in silkworms, Miyashita A, Kizaki H, Kawasaki K, Sekimizu K, Kaito C: J Biol Chem, 289, 14412-14421, 2014
  7. Identification of a Serratia marcescens virulence factor that promotes hemolymph bleeding in the silkworm, Bombyx mori, Ishii K, Adachi T, Hara T, Hamamoto H, Sekimizu K: J Invertebr Pathol, 117, 61-67, 2014
  8. Serratia marcescens suppresses host cellular immunity via the production of an adhesion-inhibitory factor against immunosurveillance cells, Ishii K, Adachi T, Hamamoto H, Sekimizu K: J Biol Chem, 289, 5876-5888, 2014
  9. Primed immune responses triggered by ingested bacteria lead to systemic infection tolerance in silkworms, Miyashita A, Takahashi S, Ishii K, Sekimizu K, Kaito C: PLoS One, 10, e0130486, 2015
  10. Lysocin E is a new antibiotic that targets menaquinone in the bacterial membrane, Hamamoto H, Urai M, Ishii K, Yasukawa J, Paudel A, Murai M, Kaji T, Kuranaga T, Hamase K, Katsu T, Su J, Adachi T, Uchida R, Tomoda H, Yamada M, Souma M, Kurihara H, Inoue M, Sekimizu K: Nat Chem Biol, 11, 127-133, 201
  11. Activation of the silkworm cytokine by bacterial and fungal cell wall components via a reactive oxygen species-triggered mechanism, Ishii K, Hamamoto H, Kamimura M, Sekimizu K: J Biol Chem, 283, 2185-2191, 2008
  12. Structural analysis of an innate immunostimulant from broccoli, Brassica oleracea var. italica, Urai M, Kataoka K, Nishida S, Sekimizu K: Drug Discov Ther, 11, 230-237, 2017
  13. Lactic acid bacteria activating innate immunity improve survival in bacterial infection model of silkworm, Nishida S, Ono Y, Sekimizu K: Drug Discov Ther, 10, 49-56, 2017
  14. Lactobacillus paraplantarum 11-1 isolated from rice bran pickles activated innate immunity and improved survival in a silkworm bacterial infection model, Nishida S, Ishii M, Nishiyama Y, Abe S, Ono Y, Sekimizu K: Front Microbiol, 8, 436, 2017
  15. Lactic acid bacteria of Leuconostoc genes with high innate immunity-stimulating activity, Ishii M, Nishida S, Kataoka K, Nishiyama Y, Abe S, Sekimizu K: Drug Discov Ther, 11, 25-29, 2017
  16. An invertebrate hyperglycemic model for the identification of anti-diabetic drugs, Matsumoto Y, Sumiya E, Sugita T, Sekimizu K: PLoS One, 6, e18292, 2011
  17. Diabetic silkworms for evaluation of therapeutically effective drugs against type II diabetes, Matsumoto Y, Ishii M, Hayashi Y, Miyazaki S, Sugita T, Sumiya E, Sekimizu K: Sci Rep, 5, 10722, 2015
  18. An in vivo invertebrate evaluation system for identifying substances that suppress sucrose-induced postprandial hyperglycemia, Matsumoto Y, Ishii M, Sekimizu K: Sci Rep, 6, 26354, 2016